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千葉地方裁判所 昭和36年(ワ)326号 判決

判  決

千葉市稲毛町五丁目五四〇番地

原告

川島喜作

右訴訟代理人弁護士

内山誠一

千葉市宮崎町二九七番地

被告

中村建設株式会社

右代表者代表取締役

中村稔

右訴訟代理人弁護士

白井茂

右当事者間の、昭和三六年(ワ)第三二六号約束手形金請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、被告は、原告に対し、金二一〇、〇〇〇円及び之に対する昭和三六年一一月八日からその支払済にいたるまでの年六分の割合による金員を支払わなければならない。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、本判決は、原告に於て、金四万円の担保を供するときは、仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、被告が、昭和三六年九月四日、訴外原田弘を受取人として振出した左記手形を同訴外人から裏書譲渡を受け、現に、その所持人である。

額  面 金二一〇、〇〇〇円

支払期日 昭和三六年一一月七日

支払地 振出地、共に、千葉市、

支払場所 株式会社千葉興業銀行蘇我支店、

なる約束手形一通。

二、而して、原告は、右手形の支払期日に、その支払場所に於て、之を呈示し、その支払を求めたところ、之を拒絶されたので、振出人である被告に対し、その手形金二一〇、〇〇〇円及びこれに対するその支払期日の翌日である昭和三六年一一月八日からその支払済にいたるまでの手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告の主張に対し、

本件手形が偽造手形であることは、これを否認する。本件手形は変造手形であつて、而もその記載の一部である支払期日及び振出日が変更されただけで、その額面には何等の変更も加えられて居ないのであるから、被告は、その振出人として、本件手形金全額の支払を為すべき責任を負うて居るものである。

と答え、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

本件手形は、訴外原田弘が之を偽造したものである。即ち、同訴外人は、被告が建築下請大工として使用して居た者であるところ、他から資金の融通を受ける為め、被告に対し、融通手形の振出方の懇請を為したので、被告は、之を承諾し、昭和三六年七月五日、右訴外人を受取人として、

額  面 金二一〇、〇〇〇円、

支払期日 昭和三六年九月二日

支払地 振出地、共に、千葉市、

支払場所 株式会社千葉興業銀行蘇我支店

なる約束手形一通を振出して、之を同訴外人に交付し、同訴外人は、同日、訴外不動興産株式会社に依頼して、その割引を受け、之によつて、資金の融通を得、その後、右手形の支払期日に、その手形金全額の支払を為して、右手形の返還を受けたのであるが、被告に対しては、右手形は不用に帰したので之を破毀した旨詐り、之を被告に返還しないで、その手許に置き、その頃、被告に無断で、勝手に、インキ消を以て、その支払期日及び振出日の記載を抹消した上、新に、支払期日を同年一一月七日と、又、振出日を同年九月四日と、夫々、記入し、以て、同年九月四日振出に係る支払期日同年一一月七日、額面金二一〇、〇〇〇円なる従前の手形とは別個の、被告をその振出名義人とする新な手形となし、之を原告に裏書譲渡したものであつて、その手形が即ち本件手形であるところ、同手形は、右の通り、右訴外人が、無権限で、右従前の手形の支払期日及び振出日の記載を抹消して、之を無効の手形となした上、之に新な支払期日及び振出日の記入を為し、以て、従前の手形とは別個の新手形となして、之を振出したものであつて、被告は、斯る手形を振出す意思は全然之を有しなかつたものであるから、本件手形は、右訴外人によつて偽造された手形である。従つて、本件手形は、被告に於て、その支払を為すべき義務のないものである。

と述べ、

立証(省略)

理由

一、原告がその主張の手形(以下、本件手形という)の所持人であることは、弁論の全趣旨に照し、当事者間に争のないところであると認められ、又、原告が右手形を訴外原田弘から裏書譲渡を受けたものであることは、(証拠)によつて、之を肯認し得るところである。

二、而して、右事実と(証拠)と弁論の全趣旨とを綜合すると、被告は、訴外原田弘の依頼によつて、被告主張の日に、その主張の趣旨の下に、同訴外人を受取人として、その主張の手形一通を振出交付し、同訴外人は、同日、訴外不動興産株式会社に対し、右手形の割引を依頼し、白地式裏書を以て、右手形を同訴外会社に裏書譲渡した上、その割引を受け、その後、右手形の支払期日である昭和三六年九月二日、右手形金全額の支払を了して、右手形の返還を受けたのであるが、右手形は、之によつて、再度の割引を受ける目的で、之を被告に返還せずして、手許に留置き、同月四日、被告に無断で、勝手に、自己の使用人であつた訴外土橋米子に、右手形の記載事項中、手形の記載要件である振出日及び支払期日の記載の訂正方を命じ、同訴外人は、之に基いて、同日、右手形の記載事項中、振出日の記載昭和三六年七月五日及び支払期日の記載昭和三六年九月二日の中、七月五月の七及び五、九月二日の九及び二の各文字を、インキ消を以て、抹消し、七の字の消しあとに九の字を、五の字の消しあとに四の字を、九の字の消しあとに一一の字を、二の字の消しあとに七の字を、夫々、記入し、(但し、手形面の日附の数字は、全部算用数字が使用されて居る)、以て、右振出日の記載を昭和三六年九月四日と、支払期日の記載を同年一一月七日と、夫々、訂正し、右訴外原田は、之を持参して、原告にその割引方を依頼し、右訂正の為されたことを知らなかつた原告は、その記載がすべて真正になされたものであると信じて、右依頼に応じ、金一九九、五〇〇円を以て、之を割引き、訴外原田は、従前為されて居た白地式裏書をそのまま利用して、割引金と引替に、右手形を原告に交付し、原告がその手形の所持人となつたこと、そして、その手形が本件手形であること、

が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

三、右認定の事実によると、右訴外原田弘がその使用人に命じて為した右認定の所為は、有効に成立した既存の記載に加工して、無権限で、手形の記載要件の一部である振出日及び支払期日の記載(孰れも、その月及び日)を訂正したに過ぎないものであると認められるので、それは、手形の記載要件の一部を変造したに過ぎないものであると判定するのが相当であると認められる。従つて、右手形は、右訴外人によつて変造されたところの変造手形であると認定する。

四、然るところ、被告は、右振出日及び支払期日の記載(各月及び日)の抹消行為とそのあとに為された記入行為とを分離し、右抹消行為によつて、手形の記載要件である払出日及び支払期日の記載が抹消されたのであるから、従前の手形は、之によつて、手形たるの効力を失つたものとなし、之を前提として、その後に為された記入行為によつて、右無効の手形が、従前の手形とは別個の手形である新な振出日と支払期日の記載のある新手形に作り変へられたものであつて、而も被告にその新手形を振出す意思なく、それは、全く訴外原田が無権限で之を為したものであるから、右新手形である本件手形は、偽造の手形であると主張して居るのであるが、前記認定の事実によると、右抹消行為と記入行為とは、振出日及び支払期日の訂正と云ふ目的の下に統一して為された行為であることが明白であるから、右各行為は、右目的の下に統一された一体的行為であると云ふべく、従つて、それは、二個の行為に分離し得ないものであつて、全体として、一個の訂正行為を構成するものと解する外はないものであり、而も、それは、前記の通り、変造行為と解するのが相当であるから、右訴外原田の所為が偽造行為であることを前提とする被告の右の主張は、理由がないことに帰着する。

仮に、被告主張の通り、右訴外人の所為を二個の行為に分離することが可能であるとしても、前記抹消行為によつて為された前記記載の抹消によつて、前記手形が当然に無効の手形となると云ふことはあり得ないところである。何となれば、前記記載の抹消行為は、無権限者によつて為された不適法なそれであつて、単なる事実行為に過ぎず、従つて、その行為によつて生じた記載の抹消なる事実は、有効に振出された手形を無効ならしめると云ふ法的効果を生ぜしめるに由ないところのものであるからである。これは、有効に振出された手形を無効ならしめる為めには、別に、之を無効ならしめるところの適法な行為(除権判決を含む)が為されなければならないと云ふ関係があることによるものである。(尚、手形は、有効な振出行為によつて、権利と証券とが有効に結合せしめられ、その結果、その証券自体が価値を帯有せしめられて、成立するに至るものであるから、証券に結合せしめられて居る権利がその証券から適法に分離せしめられれば、(除権判決はこの適法な分離の適例である)、その証券自体が無効となることは、当然の事理であるが、単に、手形要件の記載を抹消したと云ふ事実が為されたただけでは、この様な分離を為したことにはならないのであるから、手形要件の記載が抹消されたと云ふことだけでは、手形は無効とならないものである。従つて、前記抹消が為されても、前記手形が無効とならないことは、この点からも云へることである)。斯る次第であるから、前記抹消行為によつて、前記記載の抹消が為されても、前記手形は、依然として、有効であり、而して、この有効な手形に、無権限者によつて、前記記入と云ふ加工行為が為されたのであるから、それは、結局、有効な手形に対し、変造行為が為されたものと観る外はないものである。従つて、前記訴外人の為した抹消及び記入の所為を、被告主張の通り分離して考察し得るものとしても、なほ、変造行為であるに過ぎないものであるから、本件手形が偽造手形であることを理由とする被告の右主張は理由がないことに帰着する。

五、而して、変造手形の振出人は、変造前の文言に従つて、その責任を負ひ、又、その取得者は、変造後の文言に従つて、その権利を取得するものであるところ、前記変造は、振出日及び支払期日の記載についてのみ為され、その余の記載部分については、何等の変造も為されて居ないこと前記の通りであるから、その振出人は、本件手形の額面全額について、その支払を為すべき義務があり、又、支払期日は、本件手形の取得者にとつては、変造後の支払期日がその支払期日となるものであり、而して、変造後の支払期日は、変造前のそれよりも後になるので、振出人は、その不払について、変造後の支払期日以降に於てのみ、その責を負ふことになるものである。

六、以上の次第で、被告は、本件手形の振出人であるから、その振出人として、その支払を為すべき義務を負ふて居るものであり、又、前記訴外原田は、右手形の受取人として、その振出交付を受けた後、之を変造して、原告にその裏書譲渡を為し、原告は、之によつて、本件手形を取得し、その所持人となつたものであつて、而も、その善意の取得者であることが前記認定の事実によつて知られるので、原告は、本件手形の権利者として、その振出人である被告に対し、本件手形の文言に従ひ、その全部の権利を行使し得るものである。

七、而して、原告が、右変造後の支払期日に、その支払場所に於て、本件手形を呈示し、その支払を拒絶されたことは、弁護の全趣旨に照し、被告の明かに争はないところであると認められるので、原告は、被告に対し、本件手形金二一〇、〇〇〇円及び之に対する右支払期日の翌日である昭和三六年一一月八日からその支払済に至るまでの手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求めることが出来る。故に、被告に対し、その支払を命ずる判決を求める原告の本訴請求は、正当である。

八、尚、前記認定の事実と証人原田弘の証言とによると、前記変造前の手形は、前記訴外原田から被告に返還せらるべきものであつたことが認められるので、同訴外人が之を勝手に流通に置いたことは、被告の意思に反するものであることが明白であるが、斯る事実のあることは、之に変造の事実が重なつたとしても、手形偽造の問題を生ぜしめず、之を勝手に流通に置いた点に於て、単に人的抗弁を成立せしめると過ぎないものであるところ、(但し、変造の点だけは、物的抗弁となる)、原告がこの点に於ても善意の取得者であることが、前記認定の事実と右証人の証言とによつて知られるので、右抗弁は、之を以て、原告に対抗することの出来ないものであるから、右事実のあることは、原告の本訴請求を認容する妨げとはならないものである。

九、仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

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